取引先から生成AIの利用状況を聞かれたら|答えられる体制と提出資料

この記事でわかること
- 照会の目的は生成AIの利用を禁じることではなく、委託先経由で情報が漏れない仕組みがあるかの確認にあります。
- 問われる項目は、利用有無・利用ツールと契約形態・入力データの範囲・社内規程・教育記録・再委託先の管理・インシデント報告経路の7領域におおむね収まります。
- 会社として未承認のまま社員が使っている状態を「利用していない」と回答すると、実地確認やヒアリングで食い違いが出たときに説明が保ちません。
- 未整備なら、利用実態の棚卸し→暫定ルールの明文化→回答文書の作成→教育計画の期日設定→正式な規程と各資料の整備の順で進めます。
- 回答は提出して終わりではなく、規程・ツール一覧・教育記録を更新し続けないと、次回の照会で実態とずれます。
目次
結論
取引先や元請からの照会で評価が下がる原因は、生成AIを使っていること自体ではありません。会社として利用実態を把握できておらず、聞かれた項目に一貫した説明ができないことです。回答は、実態を偽らずに「現在どこまでできているか」と「いつまでに何を整えるか」を期日付きで並べる形にしてください。現状と計画が分けて書かれていれば、余計な追加要求を招きにくくなります。
裏づけとして提出する社内資料は5種類です。生成AI利用規程、承認済みツール一覧、教育実施記録、秘密情報の取扱手順、インシデント報告フローが、その内訳になります。すべて未整備の状態で照会を受けても、着手の順序を決めれば骨格は回答期限内に作れます。ただし「整備中・実施予定」という書き方がどこまで受け入れられるかは、取引先の要求水準と契約関係によって変わります。一般的な組み立て方として扱ってください。
取引先が生成AIの利用状況を聞いてくる背景
生成AIの取り扱いを文書で確認する動きは、まず政府調達の側で形になりました。デジタル庁は2026年6月12日に「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」の第2.0版(DS-920)を定め、調達と契約の局面で確認すべき事項をチェックシートの形で整理しています(デジタル庁 DS-920 第2.0版)。政府情報システムのクラウドサービスを評価するISMAPも、生成AIサービスの扱いについて留意点を公表しています(ISMAPポータル 生成AIサービスに関する留意点について)。
この2つは、いずれも政府調達と政府情報システムを対象とする制度です。民間企業同士の取引に直接の義務を課すものではなく、民間の元請から照会を受けている会社に、これらへの適合を求められる法的根拠もありません。それでも目を通す価値はあります。発注側が確認項目を作るときの下敷きになりやすく、何を聞かれるかの輪郭を先に把握できるからです。
民間取引の側でも、委託先の管理状況を確かめる枠組みづくりが進んでいます。経済産業省は「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度(SCS評価制度)」の制度構築方針を公表しました。委託元が委託先へ求めるセキュリティ水準を、共通の基準で示す任意の制度として設計されたものです(経済産業省 SCS評価制度、IPA SCS評価制度の詳細情報)。生成AIに限った制度ではありません。ただ、委託先へ書面で水準を示し、その充足を確認するという形式そのものが用意されつつあります。
発注側が確かめたいのは、生成AIを使っているか否かという一点ではありません。預けた情報が管理外の場所へ流れない仕組みが、委託先の側にあるかどうかです。委託先から情報が漏れれば、発注側が預けた設計情報や顧客情報も一緒に外へ出ます。この見方に立てば、利用を伏せた回答よりも、利用範囲と管理方法を書いた回答のほうが確認に耐えます。
調達アンケート・監査で問われる確認項目の全体像
照会文書の様式は取引先ごとに違います。それでも、聞かれている中身はおおむね次の7領域に収まります。政府調達で明文化されている確認事項と、委託先の管理で一般に問われる項目から組み立てた一覧です。手元の照会文書と突き合わせ、どの行に答えられて、どの行が空欄になるかを先に見てください。
| 確認項目 | 照会での問われ方 | 取引先が確かめたいこと | 主な裏づけ資料 |
|---|---|---|---|
| 利用有無 | 業務で生成AIを利用しているか。利用業務の範囲 | 会社が実態を把握しているか | 生成AI利用規程、利用実態の棚卸し結果 |
| 利用ツールと契約形態 | 利用サービス名。法人契約か個人アカウントか | 管理者権限とログが会社側にあるか | 承認済みツール一覧 |
| 入力データの範囲 | 委託業務の情報を入力しているか。禁止情報の定義 | 預けた情報が入力対象外になっているか | 秘密情報の取扱手順、生成AI利用規程 |
| 社内規程の有無 | 規程の名称、制定日、適用範囲 | 個人の心がけでなく組織の統制か | 生成AI利用規程(目次と改定履歴) |
| 教育の実施記録 | 対象者、実施時期、受講率 | 規程が現場へ伝わっているか | 教育実施記録 |
| 再委託先の管理 | 再委託先の生成AI利用を把握・制限しているか | 統制が二次委託まで届くか | 再委託先への確認記録、契約の遵守事項 |
| インシデント報告経路 | 発生時の連絡先と報告期限 | 事故を隠されないか | インシデント報告フロー |
空欄が多くても構いません。この段階の一覧は、回答方針を決めるための材料です。評価が分かれるのは、空欄を埋めないまま「対応済み」と書くか、未整備と認めたうえで期日を添えるかという点にあります。
回答方針の決め方
回答は「利用している」「利用していない」の二択に見えますが、どちらを選んでも取引先側の反応が伴います。
| 回答 | 起こりやすい評価 | 招きやすい追加要求 |
|---|---|---|
| 利用していない | 統制上の懸念は下がる一方、生産性や提案力の面で低く見られる場合がある | 「今後利用する場合は事前承認」という条件付与。実地確認での再質問 |
| 利用している | 管理方法を説明できれば懸念は下がる。説明が曖昧だと不安が拡大する | 誓約書の差し入れ、利用ログの提出、案件ごとの個別承認、対象ツールの限定 |
追加要求が重くなるのは、「利用している」と答えたときではありません。利用しているのに、管理の説明が薄いときです。ツール名、契約形態、入力してよい情報の線引き、違反時の扱いが一続きの説明になっていれば、取引先が誓約書やログで裏を取る理由は小さくなります。
未導入の会社の回答
会社として導入しておらず、社員も業務で使っていないなら、そのまま「業務利用していない」と回答します。あわせて、利用を検討する場合に踏む手順、つまり承認者と事前確認の存在を1行添えてください。これがないと、将来の利用について取引先側から条件を先に置かれ、後から緩める交渉が重くなります。
この段階で規程を作り込む必要はありません。ただ、本当に使われていないかだけは確かめてください。裏を取らないまま「利用していない」と書けば、次に挙げる黙認利用と区別のつかない回答になります。
黙認利用の会社の回答
判断が割れるのは、会社としては承認していないものの、社員が個人アカウントや無料版で使っている状態です。これを「利用していない」と回答すると、取引先の実地確認や社員へのヒアリングで食い違いが表面化したときに、回答全体の信頼性まで疑われます。
現実的な組み立ては、把握できた実態の範囲で書くことです。棚卸しに着手していれば、次の4点はいずれも事実として記載できます。
- 現時点で会社が承認した生成AIツールはないこと
- 利用実態の棚卸しを実施中であること
- 承認済みツールと入力禁止情報を定めた規程を、期日までに整備すること
- 整備までの間は委託業務の情報を入力しないよう全社へ周知したこと
規程がある会社の回答
規程が既にあるなら、回答作業の中心は対応づけです。どの文書が確認項目のどこに答えているかを、項目ごとに示します。ただし、その前に確かめることがあります。規程の内容が、現在の利用実態と一致しているかどうかです。制定後に利用ツールが増えていたり、個人アカウントから法人契約へ移行していたりすると、提出した規程と現場が食い違います。
規程がある会社でも、教育実施記録は抜けがちです。規程を配布した記録しかない場合は、配布と教育を分けて書き、教育の実施計画を期日付きで示してください。
回答を裏づける社内資料と最低限の記載事項
回答の裏づけとして出せる資料は、次の5種類です。厚い文書を作る必要はありません。確認項目に対応する記載が漏れていないかを、分量より先に点検してください。
| 資料 | 役割 | 最低限の記載項目 |
|---|---|---|
| 生成AI利用規程 | 組織としての統制があることを示す | 適用範囲(役職員・委託先)、承認済みツール、入力禁止情報、出力の確認責任、例外承認の手続、違反時の扱い、制定日と改定履歴 |
| 承認済みツール一覧 | 管理下のツールを特定する | サービス名、契約形態(法人/個人)、管理者、利用可能な部門、入力可否の区分、棚卸し日 |
| 教育実施記録 | 規程が現場へ届いていることを示す | 実施日、対象者と受講率、扱った内容(情報の取り扱い、社内ルール)、理解確認の方法、未受講者の扱い |
| 秘密情報の取扱手順 | 預かった情報の扱いを具体化する | 情報区分の定義、区分ごとの入力可否、匿名化・削除の手順、保管と廃棄、委託業務情報の特則 |
| インシデント報告フロー | 事故時に連絡が届くことを示す | 発見時の第一報先、社内エスカレーション経路、取引先への通知の判断者と時限、記録様式、再発防止の手順 |
規程を新規に作る場合は、どの項目から決めるかで作業量が変わります。利用ツールの範囲、入力禁止情報、出力の検証と責任、機密・個人情報の扱い、例外承認、違反時対応という順で決めると、上表の記載項目はほぼ埋まります。決め方の詳細は経営者が研修前に決める生成AI利用ルールで整理しています。
未整備から回答期限までの整備手順
規程も教育も未整備のまま照会を受けた場合の順序です。回答期限が2週間程度なら、1から3までを実際に実行し、4以降は期日付きの計画として書きます。これが、実態を偽らずに出せる線になります。
- 利用実態の棚卸し。部門長経由で、業務での生成AI利用の有無、使っているサービス名、契約形態、入力している情報の種類を集めます。完了条件は、全部門から回答が返り、承認していないツールの利用まで一覧化されていることです。申告を処分の対象にしない方針を先に伝えないと、正直な回答は集まりません。
- 暫定ルールの明文化と周知。棚卸し結果をもとに、当面使ってよいツール、入力禁止情報、判断に迷ったときの相談先を1枚にまとめ、全社へ配布します。経営会議など決裁の場で承認され、配布日と配布先が記録に残った時点が完了条件です。
- 回答文書の作成。確認項目の表に沿って、現状・裏づけ資料・未整備項目の期日を1行ずつ書きます。空欄がひとつも残らず、未整備の項目に担当者名と完了予定日が入っていれば、この段階は完了です。
- 教育の計画確定。対象者、実施時期、扱う内容、記録の残し方を決めます。実施日が確定し、受講者名簿を残す様式が用意できていれば完了条件を満たします。ここまで決まって初めて「実施予定(期日)」と書ける状態になります。
- 正式な規程と各資料の整備。暫定ルールを規程へ格上げし、ツール一覧・取扱手順・報告フローを揃えます。決裁を経て版数と施行日が入り、社内で参照できる場所に置かれた時点が完了条件です。
「整備中・実施予定」と書いてよいのは、担当者・完了予定日・完了時の状態の3つを示せる項目に限られます。この3つが埋まらないものは、計画ではなく希望です。なお、実態と異なる回答を提出した場合の契約上の扱いは個別の判断になるため、迷う記載があれば提出前に弁護士等へ確認してください。
回答の作成者・承認者と、提出後に維持する運用
照会への回答を、総務や品質保証部門の担当者が単独で書き切るのは難しい作業です。項目ごとに、事実を持っている部署が違うからです。作成の窓口は1名に集約し、事実確認の依頼先と最終承認者はそこから分けてください。
- 作成窓口:照会文書の受領、項目ごとの事実確認、回答文書の起草を担います。社外文書の様式を管理している品質保証・管理部門または総務に置くと、提出までの手戻りが減ります。
- 事実提供:情報システム部門(契約形態、管理者権限)、各部門長(利用実態)、人事・研修担当(教育記録)、営業(再委託の有無)。
- 承認:経営層または生成AIの管理責任者。対外的な約束が含まれるため、期日を伴う計画は決裁を経てから提出します。
提出して終わりにすると、次の照会で回答が実態からずれます。維持する運用は3つです。承認済みツール一覧は四半期ごとに棚卸しし、契約形態の変更を反映します。規程は年1回と、利用ツールを追加した時点で見直します。教育は新入社員と異動者へ継続し、そのつど受講記録を更新します。
この更新を個人の心がけに委ねると、次の照会でまた一から棚卸しをやり直すことになります。責任者と推進組織へ役割として割り当てておくほうが、回答を維持する負担は軽くなります。
教育の実施記録を実体にする|法人AI研修で支援できる範囲
社内だけで最後まで空欄が残りやすいのが、教育の実施記録です。規程は文書を作れば形になります。教育は違います。対象者を集めて実施しない限り、記録そのものが生まれません。
当社の法人AI研修は、4レベルの体系と部門別テーマを掛け合わせて設計しています。土台にあたるAIリテラシー研修は全社員を対象とし、生成AIにできること・できないこと、情報の取り扱いとリスク、社内ルールの考え方を講義とデモで扱います。研修時間は12.5時間です。取引先へ提出する教育実施記録に必要な対象者・実施時期・扱った内容は、実施の結果として残ります。
扱うデータの範囲と利用するAIサービスは、貴社のセキュリティポリシーに合わせて設計します。機密データを使わない題材設計にも対応できるため、委託業務の情報を演習へ持ち込まずに実施できます。研修後アンケートでは80%以上の受講者が業務でAIを活用しており、当社は満足度ではなく活用の定着を成果の指標に置いています。期間と料金は対象人数・レベル・題材によって設計が変わるため、個別にお見積りしています。

「利用していない」と答えると取引上不利になりますか?
実態として利用していないなら、その回答自体で不利になるとは限りません。照会で確認されているのは情報管理の状況であり、利用の有無だけで優劣が決まる項目ではないからです。ただし、将来の利用について何も触れないと、事前承認などの条件を先に設定される場合があります。利用を検討する際の手順を1行添えておくと、後の交渉余地を残せます。
社員が個人アカウントで使っている場合、どう申告すればよいですか?
把握できた範囲を事実として書き、会社の承認状況と区別して記載します。「会社が承認したツールは現時点でなく、個人アカウントでの利用が一部で確認されたため、棚卸しと規程整備を進めている」という形です。個人名や部署の特定につながる記述までは求められません。件数や利用形態の把握状況で足ります。
再委託先の生成AI利用まで回答する必要がありますか?
再委託を行っているなら、対象に含まれる前提で準備してください。委託先を確認する照会は、統制が二次委託まで届いているかを見ているためです。回答時点で把握できていなければ、把握していないことと、確認の実施時期を書きます。実務としては、再委託先への確認書面を用意し、承認していないツールへ委託業務の情報を入力しないことを取り決めておくと、次回以降の回答が軽くなります。
一度作った回答は、他の取引先にもそのまま使えますか?
確認項目の骨格は共通するため、原資料は流用できます。ただし要求水準は取引先ごとに異なり、契約形態やログ提出の要否まで踏み込む照会もあります。回答文書は取引先ごとに作り、原資料である規程・ツール一覧・教育記録は一元管理して最新版を参照してください。日付と版数が古いまま使い回すと、実態とのずれが表面化します。
この記事の監修者

主任講師 / AI活用コンサルタント
小柴 鷹介
業務で動くところまで、一緒に考える講師です。
京都大学大学院修了後、株式会社リクルートに入社。国内最大級の不動産プラットフォーム「SUUMO」のプロダクトマネージャーとして、データ分析・AI活用を取り入れたプロダクト改善を主導。その後、複数のAI・SaaSプロダクトの企画・開発をゼロから立ち上げ、「AIを業務で本当に使える形にする」ことを一貫して追求。現在は法人向けにAI活用戦略の立案から研修設計・実施まで手掛け、非エンジニアでも現場でAIを活用し始められる実践型プログラムを提供している。

